こちらのページでは、絵本作家の上野紀子さんについて解説します。
上野紀子さんのプロフィール!
夫・中江嘉男との出会いは?
上野紀子さんは1940年9月29日に埼玉県に生まれ、日本大学芸術学部美術科に入学します。そして同級生として、現在の夫である、なかえよしを(中江嘉男)氏に出会いました。大学卒業後、上野さんはイラストレーターとして働き、夫の中江さんは広告デザイナーになります。それぞれ働きながら、昭和41年(1966年)に二人は結婚します。
夫婦の絵本デビュー作「ELEPHANT BUTTONS」
夫の中江さんは広告デザイナーとして、広告主などの意向を汲む仕事をしているなか、なかなか自分が思うような仕事ができないことに思うことがあったのか、会社勤めと並行して自費出版で夫婦二人で絵本を作っていたりしていたそうです。上野さんはこのときから絵を担当。自費出版の本だけで10冊はあるそうです。日本の出版社にも持って行ったこともあったそうですが、そのときの反応はあまりよくなったそう。
そんななか、1972年に、有給を取って一か月間ニューヨークへ行くことになったそうです。そのときに、どうせニューヨークへ行くなら、たくさんある出版社に絵本を売り込んでみようと、急遽一週間で作り上げたのが、のちに「ELEPHANT BUTTONS(ぞうのボタン)」として出版された本でした。上野さんが絵を担当したそうですが、この作品では、時間がなくて鉛筆だけで描いたものでした。
飛込みで様々な出版社に持っていきましが、反応はあまり良くなかったそう。話が多い?絵が多い?と色々試行錯誤しホテルで数ページ抜いたりして何度が持っていくうち、この作風なら…とある出版社を紹介されたそう。そして7社目になるその会社へ持っていったところ、生憎その編集者はバカンスで不在。その時にいた別の編集者に読んでもらうと、笑いながら部屋の外へ出て行ったそう。今回もダメかと帰り支度を始めたところで、バカンスで不在のはずの編集者が出てきて、「これ、買う、買う」と言われ、出版への道が開けたそうです。
それから帰るまでの一週間で校正刷りまで行い、タイトルもアニマルブックから「ELEPHANT BUTTONS」に決定。1973年にアメリカで出版されます。これが、中江さんと上野さんご夫婦の絵本デビュー作でした。
「ねずみくんのチョッキ」が生まれたきっかけ
「ELEPHANT BUTTONS」出版後、次の作品を送るようにアメリカの出版社からの依頼ありました。この作品がぞうからねずみになるお話だったので、次の話はねずみがいいかな、と思い、描いたのが「ねずみくんのチョッキ」だったそう。
しかし、こちらの作品は、アメリカの出版社ではボツになってしまったそうです(!)。
その後、縁があり、この話がポプラ社の編集者の目にとまったことで、「ねずみくんのチョッキ」が日の目を見ることになったのです。それから、ねずみくんのチョッキが講談社出版文化賞を受賞し、人気になっていくのです。
その後、「ねずみくんシリーズ」だけでも50冊近く出版し、そのほかも「いたずらララちゃん」など絵本を多く出しています。
上野紀子さんが絵を担当した作品は?
夫の中江さん以外の作者ともタッグを組み、たくさんの絵を担当されました。
中でも、有名なのが1982年に出版された「ちいちゃんのかげおくり」です。あまんきみこさんが書いた戦争のお話で、教科書にも採用されたので、馴染みがある人も多いと思います。こちらの絵はとても叙情的なので、ねずみくんシリーズと同じ作者だったとは驚きですね。
絵本を描いて40年、そして…
2000年代に入ってからも、精力的に絵本の出版を続け、2005年には文学性の高い作品の数々が評価され、夫の中江嘉男さんと二人で巌谷小波文芸賞を受賞されました。ねずみくんシリーズも2018年まで続き、35巻あります。
そして2019年2月28日、病気のため亡くなりました。
非常に多くの作品を残された方で、上野さんの絵は、私たちの心に響くものがあります。私も子どもと一緒にねずみくんシリーズから読み直してみようと思います。
ねずみくんのチョッキについてはこちら
参考URL
産経ニュース「『ねずみくん』40年 なかえよしを・上野紀子夫妻」 https://www.sankei.com/life/news/140924/lif1409240028-n2.html
くもんのmi:te「なかえよしをさん・上野紀子さん絵本作家インタビュー」 https://mi-te.kumon.ne.jp/contents/article/12-11/
ユウchan「インタビュー上野紀子」 http://www.yuchan.net/yuchan/interview/02.html
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